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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2046号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 後藤誠

右訴訟代理人弁護士 二階堂信一

被控訴人(附帯控訴人) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 渡邉眞一

主文

原判決を取消す。

附帯控訴に基づき、附帯被控訴人は、附帯控訴人に対し、原判決添付の物件目録記載の各不動産についてされた原判決添付の登記目録第一記載の各登記(ただし、同登記目録第二記載の各附記登記をもって控訴人のために権利移転の各附記登記のされたもの。)の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人。以下同じ。)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人(附帯控訴人。以下同じ。)の請求(附帯控訴による請求を含む。)を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求める。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

3  附帯控訴に基づき、控訴人は、被控訴人に対し、原判決添付の物件目録記載の各不動産(以下「本件各不動産」という。)についてされた原判決添付の登記目録第一記載の各登記(以下「本件各登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  本件不動産は、もと訴外甲野太郎(以下「訴外太郎」という。)の所有であったが、被控訴人は、右訴外人から昭和五二年五月二日その贈与を受け、同年同月四日その旨の所有権移転登記をした。

2  しかるところ、本件各不動産については、訴外熊谷暁(以下「訴外熊谷」という。)のために本件各登記(各抵当権設定登記、停止条件付賃借権設定仮登記及び所有権移転請求権仮登記)がされており、次いで、控訴人のために原判決添付の登記目録第二記載の本件各登記にかかる権利の移転の附記登記(以下「本件各附記登記」という。)がされている。

3  よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件各不動産の所有権に基づいて、本件各登記の抹消登記手続(附帯控訴による請求)及び本件各附記登記の抹消登記手続(従前の請求)を求める。

二  請求原因事実に対する控訴人の認否

1  請求原因1のうち、本件各不動産がもと訴外太郎の所有であったこと及び本件各不動産について被控訴人のためにその主張のような所有権移転登記がされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実は、認める。

三  控訴人の抗弁

1  (通謀虚偽表示)

仮に訴外太郎と被控訴人との間にその主張のような本件各不動産についての贈与契約がされたとしても、右贈与契約は、夫婦である被控訴人と訴外太郎がその債権者からの追及を免れるために通謀してした虚偽のものであって、無効である。

2  (訴外太郎による抵当権設定契約の締結等)

(1) 訴外太郎は、昭和五五年七月二六日、訴外熊谷との間において、二、五〇〇万円の消費貸借契約を締結し、これに基づく訴外熊谷の債権を担保するため、被控訴人の代理人として、本件各不動産について本件各登記の登記原因である抵当権設定契約、停止条件付賃借権設定契約及び代物弁済の予約をした。

(2) そして、被控訴人は、右に先立って、訴外太郎に対し右各契約を締結する代理権を授与した。

(3) 仮に被控訴人が訴外太郎に右代理権を授与しなかったとしても、被控訴人は、その頃、訴外太郎に対して印鑑登録済みの印章、印鑑登録証明書及び本件各不動産の登記済証を交付してこれを所持させ、右代理権を訴外太郎に授与した旨を表示した。

(4) そして、被控訴人は、昭和五六年四月三〇日、訴外熊谷から前記消費貸借契約に基づく債権を売買により譲り受け、これに伴なって前記各契約に基づく抵当権、停止条件付賃借権及び代物弁済の予約上の権利の譲渡を受け、これに基づいて本件各附記登記をした。

四  抗弁事実に対する被控訴人の認否

抗弁事実は、すべて否認する。

五  被控訴人の再抗弁

仮に訴外太郎が、被控訴人の印鑑登録済みの印章、印鑑登録証明書及び本件各不動産の登記済証を所持して、被控訴人の代理人として訴外熊谷との間において控訴人主張のような各契約を締結したとしても、それは訴外太郎が被控訴人に無断でこれらを持ち出してしたものであり、訴外熊谷は、このことを知っていたものである。

六  再抗弁事実に対する控訴人の認否

再抗弁事実は、すべて否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  本件各不動産はもと訴外太郎が所有していたものであること及び被控訴人がこれを昭和五二年五月二日に贈与を受けたものとして所有権移転登記がされていることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、訴外太郎と被控訴人とは昭和四〇年四月に婚姻した夫婦であって、昭和四三年九月に共稼ぎによる収入により本件各不動産を購入して訴外太郎名義で所有権移転登記をしていたが、訴外太郎が事業資金の借入れのため再三にわたって被控訴人に無断で本件各不動産を担保に供するなどしたところから、次第に不和となり、昭和五二年四、五月頃離婚して別居するにいたったこと、訴外太郎は、その際の同年五月二日、財産分与又は慰謝料の支払の趣旨をも含めて本件各不動産を被控訴人に贈与し、同年五月四日被控訴人のための所有権移転登記がされたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

控訴人は、右贈与契約が債権者からの追及を免れるために通謀してした虚偽のものであると主張するけれども、本件全証拠によってもそのような事実を認めることができず、控訴人の抗弁1は、理由がない。

二  そして、本件各不動産について訴外熊谷のために本件各登記が、控訴人のために本件各附記登記がされていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、訴外太郎は、昭和五五年七月二六日、訴外熊谷からの従前の借入金及び利息・遅延損害金債務の合計が二、五〇〇万円に達するものとして改めて同訴外人に対し右同額の金銭借用証書を差し入れるとともに、同訴外人との間において、被控訴人の代理人として本件各不動産につき本件各登記の登記原因である抵当権設定契約、停止条件付賃借権設定契約及び代物弁済の予約をしたことを認めることができる。

そこで、被控訴人による右代理権授与の有無及び控訴人の主張する表見代理の成否について検討すると、印鑑登録証明書と比照すれば、本件各登記の登記申請に際して使用された委任状及び抵当権設定金員借用証書中の被控訴人名下に押捺された印影は、いずれも被控訴人の印鑑登録にかかる印影と同一であることが認められる。

しかしながら、《証拠省略》によれば、訴外太郎と被控訴人は、先に認定したとおり、ひとたび離婚して別居したものの、子供のことを考えて昭和五五年七月に再婚して同居することとしたこと、被控訴人としては、訴外太郎がかつて度々本件各不動産を無断で担保に供したことがあったことに鑑みて、印鑑登録にかかる印章及び本件各不動産の登記済証は自宅内の各所に隠すなどしていたが、訴外熊谷のために本件各不動産を担保に供する必要に迫られた訴外太郎は、これを探し出して、被控訴人の了解を得ることのないまま、右印章を用いて自ら被控訴人の印鑑登録証明書の交付を受け、前記委任状及び抵当権設定金員借用証書の被控訴人名下に押捺するなどして、被控訴人の代理人として前記抵当権設定契約、停止条件付賃借権設定契約及び代物弁済の予約をし、本件各登記の申請をしたことが認められるのであって、前記委任状及び抵当権設定金員借用証書の被控訴人名下に押捺された印影が被控訴人の印鑑登録にかかる印影と同一であるということから、直ちに、被控訴人が訴外太郎に対して右各契約を締結する代理権を授与したものであるとか、被控訴人がその意思に基づいて訴外太郎に対して前記印章及び登記済証を交付したものであるとかを推認することはできないのみならず、全証拠によってもこれら事実を認めることができない。

したがって、控訴人の抗弁2は、理由がなく、排斥を免れない。

三  以上によれば、被控訴人は、控訴人に対して、本件各不動産についてされた本件各登記の登記原因である前記各契約はすべて無効であるから、本件各登記の抹消登記手続を求めうることが明らかである。

ところで、被控訴人は、原審においては控訴人に対して本件各附記登記の抹消登記手続のみを訴求し、当審において附帯控訴により本件各登記の抹消登記手続を求める請求を追加したものであるところ、そもそも本件各附記登記は、不動産登記法第一三四条の規定により、主登記である本件各登記と一体となって右主登記にかかる各権利の控訴人への移転の登記としてされたものであり、これらの各権利の控訴人に帰属することを公示するものであって、これらの各権利の登記の抹消を訴求する場合には、これらの各権利の移転の附記登記名義人である控訴人に対して、本件各附記登記のされている本件各登記の抹消を訴求すれば足り、かかる本件各登記を抹消するときは、本件各附記登記も当然に主登記と一体として併せて一個の抹消登記により抹消されるのであるから、本件各登記の抹消とは別個に、本件各附記登記の抹消を訴求する必要も利益もないものといわなければならない。しかし、本件各登記と本件各附記登記の双方の抹消を求める被控訴人の趣旨とするところは、要するに、控訴人のために権利移転の本件各附記登記のされた本件各登記の抹消を求めるというにあると解されるから、結局、被控訴人は、原審における本件各附記登記の抹消を求める請求を当審において附帯控訴により本件各登記の抹消を求める請求に交換的に変更したものと解するのが相当である。

以上の趣旨を明らかにするために原判決を取消すとともに、被控訴人の附帯控訴による請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条及び第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 村上敬一)

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